映画感覚思考

映画を観て感じたこと、考えたことを書いていきます。

映画感想:『ダイ・ビューティフル』

 

 

   わたしは"トリシャ"。

 

 

  『ダイ・ビューティフル』

              原題:Die Beautiful

 

 

 

あらすじ

 これは"パトリック"と名付けられ、"トリシャ"と名乗った、トランスジェンダー女性の生と死を切り取った物語-。美を競い合うミスコンに出場する傍ら、冠婚葬祭でメイクをして暮らすトリシャ。葬儀場を舞台に、トリシャとそこに集まる人々との過去が交錯しながら、7日間の葬儀が行われてゆく。

 

 

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 第29回東京国際映画祭 コンペティション部門で、最優秀観客賞と最優秀男優賞を受賞した作品という事で、前々から気になっていた作品でした。LGBTQの人々が当たり前にいる生活という認識が広がっていけばいいなと本当に思います。TVの中の”オネェ”が一番身近なLGBTQという方にとって、この作品は親しみやすい作品になるのではないでしょうか。ぜひ。

 

 

オススメ度:☆☆☆☆(おすすめ!)

 

 

                      ↓↓↓以下ネタバレを含みます↓↓↓

 

 

 

 

 

 カトリックの影響が大きいフィリピンでは、生まれた性として生き、異性と恋をするという規範が強く、その規範からはずれたトランスジェンダーへは偏見や差別があるようです。

 作品パンフレット掲載のジュン・ロブレス・ラナ監督へのインタビューによると、2013年にフィリピンで起きた、米国軍人がトランスジェンダー女性を殺害した事件、”ジェニファー・ロード事件”が契機となった作品であるようです。



 結果として加害者のジョセフさんは懲役刑となりましたが、この事件に対してフィリピン国内ではトランスジェンダーは殺されて当たり前だといった差別的発言が多くあったそうです。そんな人々のトランスジェンダーへの理解を深めたい、という監督の思いからこの作品はつくられ、作品公開後はトランスジェンダーへ差別的な発言をしていた方がトランスジェンダーに対して理解のある発言を行うなど、フィリピン社会に影響を与えたようです。

 後の方でも触れますが、主演を務めたパオロ・バレステスさんがフィリピン国内でとても有名な方であったこと、作品公開後、パオロさんがカミングアウトを行ったことも影響を与えたようです。作品が社会に変化をもたらす、それが行われたことに感服します。

 

 

 

 

 劇中、トランスジェンダー女性が養子として子どもを育てる姿が描かれている点もよいと思います。パンフレット掲載の監督へのインタビューにも書いてある通り、トリシャが子どもにミスコンを押し付ける様は客観的に見て、いただける態度ではないですが、多くの親がそうであるように、すべての面で完璧な親としての役割ではいられない事を端的に示した描写のようです。

 トリシャの父親は、とても父権的に描かれていますが、そのトリシャへの要望は子どもにこうあってほしいというものであり、トリシャが自分の子どもに要望している構図と同じである事は意義深いと思います。もちろん父親が父権的でいられる背景には、社会的背景や因習が関係していますので、安易に対比するものではないと思いますが。

 トリシャが自分の子どもにミスコンを強要した結果、出て行ってしまったように、トリシャが父親から男性の規範を求められ、出て行ったように、自分の生き方、在り方は他の誰かが決めるものではなく、自らの意思で自分で決める事の重要さが描かれた作品だと思います。そして、それが個人の尊厳につながり、人が人を思いやる事につながるのではないでしょうか。

 自分の姿を決めるのは自分でありたいですね。

 

 

 

 

 この作品でトリシャを演じた、パオロ・バレステスさんはフィリピンで長年続くTV番組のホストを務めている方で、最近は女性セレブのものまねメイクをインスタグラムにのせて、世界的に話題となっている方のようです。海外版ざわちんのような方ですかね。フィリピンでは有名なパオロさんが初めて映画の主演でトランスジェンダー女性を演じるという事で、その影響は大きかったのではないでしょうか。

 そんなパオロさんですが、今年4月にインスタグラムにて、男性パートナーとの写真を投稿したようです。異性愛規範の強いフィリピンにおいて、有名な方がその規範から外れた生き方を示す事の意義はとても大きいと思います。子どもを持つ親でもあるバオロさんのインスタグラムを見て、思わず微笑んでしまいました。

 

 

 

 

 

 パオロさんは、第29回東京国際映画祭 コンペティション部門で最優秀男優賞を受賞されました。喜ばしい事ですが、映画賞において、男優賞、女優賞と分ける意味、あるのでしょうか。そろそろ変わってもいい頃ではないですか?

 

 

 

 

 

 

 

 あるトランスジェンダー女性の死を描いた映画として、『男として死ぬ』(2009・ポルトガル)という映画があります。『ダイ・ビューティフル』では、女性としての死を望んだトランスジェンダー女性が描かれましたが、劇中で主人公トリシャの親友バーブスが男性の体で生まれて、女性として生きたのだから、死ぬときは男性として神様に返そうと言ったように、『男として死ぬ』では邦題通り、トランスジェンダー女性が最後は男性として葬られたいという意思が尊重される映画となっています。

 この2つの作品はその結末に至る経過がかなり違うので、簡単に対比できるものではありませんが、個人の意思の尊重が尊厳につながるという点では、その多様な在り方を示した作品だと位置付けることができるのではないでしょうか。

 また、『男として死ぬ』でも、子どもを持つ親でもあるトランスジェンダー女性が描かれており、『ダイ・ビューティフル』とは違ってこちらは養子ではなく実子であるという点も多様性が示されるのではないでしょうか。

 『男として死ぬ』を監督した方は、これまで何本か映画を製作されているようなのですが、いずれも同性パートナーと共に映画を手掛けておられます。今回の『ダイ・ビューティフル』を監督したジュン・ロブレス・ラナさんも本作のプロデューサーのペルシ・インタランさんと同性のパートナーであり、2013年にNYで結婚をされたそうです。この2人も今まで共同で映画作りを行って来られたようです。この共通点は興味深いですね。

 ジュンさんとペルシさんは孤児を引き取って子育てもされているようです。日本でも、男性カップルが里親として認定されたというニュースが、ありましたね。典型的な異性カップルだけではない、子どものいる多様な家族像の認知度が日本でも上がっていってほしいです。

養育里親:男性カップルを大阪市が全国初認定 - 毎日新聞

 

 

 

 

 

 

 

 

 劇中、レイプされた事に対して、被害者であるトリシャは合意の上だったと言ってしまうシーン。トリシャの自尊心を保つためなのか、とても悲しい言葉でした。現在日本でも、強姦の法律要件が変更され、被害者本人の申告なしに起訴を行えるようになっています。事件から生き延びた方のためにも、これからの抑止のためにも、声を上げる大切さ、声を取り上げる大切さを感じます。

刑法改正:「強姦」を「強制性交等罪」に変更へ 性差解消 - 毎日新聞

性犯罪厳罰化、刑法改正案成立へ 強姦罪の名称改め:朝日新聞デジタル

 

 

 

 

 

 

 

 ストーリーとしては、概ね良いと思いますが、遺体を盗んだ形で、トリシャの葬式を行っているのだから、SNSでトリシャのものまねメイクが拡散して、トリシャの親族にばれたら大変という、後半の展開があるにも関わらず、最後には結局父親が葬儀に訪れる等のひと悶着はなく、そのまま順当に7日目を迎える事ができ、父親現れないのかい、と少しもやっとした感覚はありました。性自認性的指向に関して分かり合えない人もいる、という描き方だったんでしょうか。

 

  

 

 鼻の整形代まで払うほど尽くしたダンサーに浮気されたトリシャに対して、子どものシャーリー・メイがかける言葉。何という見通した言葉でしょう。あれを子どもに言われてしまったら、胸にこみ上げるものがありますね。

 

 

 

 

 根本としての、話題提供となってしまうのですが、外見に対する偏見としてルッキズムというものがあります。美人だから〜である、ブスだから〜であると、人を外見で判断して、雑にくくるというものです。美を求める人がいることがいることは分かっていますし、何をしていくかは個人の自由ですので、それぞれの価値観を持っているのは当たり前だと思います。ただ、それを人に押し付けないでいただきたいなとは常々思っています。映画やTVなどの芸能ごとでは、外見が整った方が画面の中の大きな割合を占めているのが現在です。その割合は現実社会の割合とは離れたものでしょう。普段、映画やTVなどに触れている方々には、その認識を持ってもらいたいなと思っています。そんな人ばかりじゃないんだよと。

 

 

 

 

 ”死んだあと、もしも生まれ変われるなら、もう一度自分になりたいです。この世で私の務めを果たせるのは私だけ。私の形をした空間を満たせるのは私だけ。この世に私の声を届けられるのは私だけ。私が消えたら私を捜す人がいる。だからもし生まれ変われたら、私が選ぶのは他の誰でもなく私自身です。”

 

劇中のこの言葉、考えさせられます。みなさんは、この言葉を口にできますか?

 

 

以上、『ダイ・ビューティフル』感想でした。ありがとうございました。